
先般、九州四国各護國神社様を巡りました際、鹿児島縣護國神社より新たな情報をいただきました。その中で、是枝長一兵曹大人命(28番 機銃伝令役)が同県出身であることが判明しました。
明治38(1905年)年1月12日、現在の霧島市隼人町(旧、姶良郡隼人町)生まれ。最後のご遺族様の情報として、是枝スエマツ様(妻)まで確認できました。
何故、三坂神社(「弾除け神社」で有名、山口県山口市)にご本人様の写真(裏面には「防府市」在住の自筆跡有り)があったのか、ここからあくまでも推測です:
富隈尋常高等小学校(?)卒業後、佐世保鎮守府海兵団に入団。
艦隊勤務で長く経験を積んだ後、通信兵のキャリアを目指して、海軍通信学校を志願。横須賀海軍通信学校を卒業後に、通信兵として活躍する。
昭和18(1943)年、山口県防府市に帝國海軍防府通信学校が新たに設置、そこで実務の教官として赴任、市内で下宿(駅前通り)。その時期、上記の三坂神社まで参拝し、自分の写真を納めたものと考えられます。
翌年、台湾へ赴任、第38号哨戒艇に乗艦…。
皆様からの情報をお待ちしております。鹿児島県霧島市隼人町にて是枝様はいらっしゃいますでしょうか。















