
1月26日午前九時、日本国埼玉県慰霊団ご一行様、保安堂までご来訪ご参拝のためお越しになられました。
安倍元首相銅像への御献花、保安堂内ご見学、海府大元帥145柱英霊へのご参拝をなされました。

そういえば弊堂信徒の一人が昨年、千葉県護国神社まで参拝しましたが、宮司様より暖かい御歓迎の言葉をいただき、多くのお話をお聴きすることができました。機会がありましたら、弊堂より改めまして公式参拝できればと考えております。
遠い所より、お越しいただきましてありがとうございました。どうかまた、お越しください!

1月26日午前九時、日本国埼玉県慰霊団ご一行様、保安堂までご来訪ご参拝のためお越しになられました。
安倍元首相銅像への御献花、保安堂内ご見学、海府大元帥145柱英霊へのご参拝をなされました。

そういえば弊堂信徒の一人が昨年、千葉県護国神社まで参拝しましたが、宮司様より暖かい御歓迎の言葉をいただき、多くのお話をお聴きすることができました。機会がありましたら、弊堂より改めまして公式参拝できればと考えております。
遠い所より、お越しいただきましてありがとうございました。どうかまた、お越しください!

皆様にとりまして、龍のごとく飛躍の一年になりますこと、紅毛港保安堂一同心よりお祈り申し上げます。
そして台湾と日本の絆がより深く、強く、熱くなる一年になりますことを強く祈願申し上げます。

本日、日本國、全国地方議員連盟のご一行、28人の先生方が紅毛港保安堂までお越しいただきました。
安倍晋三元首相の銅像へのご献花をされました後に、紅毛港保安堂までお入りになられました。

紅毛港保安堂建立由来、海府大元帥麾下145柱の英霊についての説明の後、ご一行皆さまによる「君が代」斉唱が自然と行われました。堂内に清冽な空気が流れました。

地方からの台湾と日本の繋がりは今後とも活発に行われていきます。高雄市でも現在、直行便の離発着、地域振興に関する様々なイベント開催、学校交換留学などを進めております。紅毛港保安堂も、二つの国を繋ぐ「港」として、あらゆる形で積極的に協力していく所存です。

皆様、またどうかどうか、お越しください!
本日、2023年8月6日、海府大元帥様であります高田又男艦長のご子息、高田鳴海先生が保安堂までお越しになられました。

新型コロナウィルスが完全収束していない状況のため、保安堂ボランティア、地元有志だけですが、先生、ご令嬢様、ご親類ご縁者様をお迎えすることができ、大変大きな盛り上がりとなりました。

地元メディアはじめ、熊本県民テレビなど日本からの報道関係もあり、「神様の息子」を大歓迎する空気に包まれました。

一連の儀式、歓迎会の後、保安堂一同は高田鳴海先生を高雄港までご案内しました。

そして英霊達に向け、花と酒を捧げることができました。

79年目にして、海は再び静かに、平和にその波音をたてることができました。
高田鳴海先生、本当にありがとうございます。どうかまた、保安堂までお越しください。

本日(2023年8月5日)、海府大元帥様、高田又男艦長のご子息であります、高田鳴海先生が高雄国際空港にご到着されました。

翌6日、保安堂までお越しになります。

明治39(1906)年11月4日
熊本県生まれ。青木家(※)。
大正14(1925)年5月1日
東京高等商船学校入学(航海科90期)
同日 海軍予備生徒。 在学中、大成丸第38次遠洋航海に参加。
昭和4(1929)年1月8日~3月31日
大成丸第39次遠洋航海に参加 (東京発~ヤルート~トラック~東京着)。
同年6月29日~10月13日
大成丸第40次遠洋航海に参加 (東京発~ヤルート~トラック~東京着)。
昭和5(1930)年12月15日卒業
東京高等商船学校卒業、近海郵船(日本郵船関連会社)入社。
甲種船長海技免状所持。
東亜海運(現在の東亜海運とは別会社)設立後に移籍。
熊本市出水町國分府617 に居を構える。
昭和7(1932)年10月
一時的に東京都に赴任(淀橋区上落合2-689に居を構える)。
昭和12(1937)年7月1日
予備中尉を拝命。
昭和13(1938)年3月22日
補第4艦隊司令部付となる。
同年6月
高田家の養子となる、以後、高田姓(※)。
同年12月1日
補馬公防備隊付となる。
昭和17(1942)年3月16日
予備大尉を拝命。
同年3月20日
補第2日の丸砲艦長を拝命。
昭和18(1943)年4月1日
佐世保鎮守府付被仰付となる。
同年6月20日
補第38号哨戒艇長拝命。
昭和19(1944)年11月25日 午前1時15分頃
サブタン島アハウ岬南西5km地点付近(北緯20度14分 東経121度50分)にて、アメリカ合衆国海軍潜水艦アトゥル(USS Atule, SS-403)号の攻撃により戦死。
戦死後、海軍少佐昇進。正七位 瑞宝単光章、賜2級俸。
(※)
生家の青木家と、30歳の時に養子となった高田家は双方ともに、熊本・細川藩重臣の家系で、殿様の殉死を許された極めて高い格式地位の家系です。