
弊廟副主委であります何德政が、8月19日、永眠されました。享年、63歳でした。
保安堂の紅毛港から現在の鳳山区への遷座に関して、長らくご尽力され、信者の中心において常にリーダーシップを発揮されておりました何副主委。数年前に癌が見つかり、ステージ4の状態でありましたが、闘病生活を続けながら、弊廟発展のために最後の最後までご活動されておりました。
何よりも、台湾と日本の深淵なる友好を深めることに、誰にも負けず精力的にご活躍されました。
南無阿弥陀仏。

私たちは、紅毛港保安堂の神々・英霊のご遺族を探しています

弊廟副主委であります何德政が、8月19日、永眠されました。享年、63歳でした。
保安堂の紅毛港から現在の鳳山区への遷座に関して、長らくご尽力され、信者の中心において常にリーダーシップを発揮されておりました何副主委。数年前に癌が見つかり、ステージ4の状態でありましたが、闘病生活を続けながら、弊廟発展のために最後の最後までご活動されておりました。
何よりも、台湾と日本の深淵なる友好を深めることに、誰にも負けず精力的にご活躍されました。
南無阿弥陀仏。

この度、熊本縣よりご招待を受け、弊廟は同県戦没慰霊祭に公式参拝することができました。海府大元帥である高田又男艦長のご出身は熊本縣、そして一昨年、ご子息様の高田鳴海先生を弊廟までご招待しましてから、深いご縁を深めて参りました。

高田鳴海先生のお墓参りをし、御家までご挨拶にあがりました。
ご生前、高田先生より強くご希望されました、残り144柱の英霊のご遺族様を探すプロジェクトの報告、これからの活動、大慰霊祭への御招待などについて歓談しました。

その後、熊本縣護国神社まで参拝し、ささやかではありますが、弊廟より慰霊の献灯を行いました。
台湾と日本…この二つの國を繋ぐ「灯」を、強く、大きく、輝かしくさせていきます。そして世代を超えて、「引き継ぐ」ことで、永遠に「記憶」されますことを。


2025年7月8日午前10時半(日本時間午前11時半)、安倍晋三首相が凶弾に斃れましたその時間、紅毛港保安堂にて慰霊祭が執り行われました。

弊廟信徒の他、台湾前後、また日本からこの追悼会までお越しになりました。台湾放送局からも取材がありました。
安倍首相は21世紀におきまして、全世界において数少ない「ビジョン」をもって動かれました政治家でした。反省すべきところは反省し、学ぶところは学び、主導すべきところを主導し、時が来たら迷うことなく座から降りることも厭わない方でした。
「我是不是我的我」
正にこれを体現された偉大なる首相…我々は安倍さんを決して忘れません。安倍さんの「ビジョン」をこれからも目指していきます。
松明は引き継がれました。

大正11年生まれ(正確な月日は不明)。古宇利島出身、父 久場眞孝様、母 ツル様の間、姉一人、五人兄弟の四男として生まれる。
大変残念なことに御遺影など確認できず、帝國海軍海兵団(佐世保鎮守府の可能性大)入団年、正確な享年(21歳?22歳?)などの諸情報無し。
ただし、弟(五男)眞五郎大人命は兄 久場眞徳(得)大人命同様、帝國海軍に奉職していた。下記、眞五郎大人命の御遺影。また、次男 久場眞次郎大人命は帝國陸軍にて兵役、沖縄戦で戦死。

現在、豊見城市において、久場様ご一家ご長男、眞市様が御位牌(とぅとぅめ)をお祀りしている。
台湾ご訪問の安倍昭恵夫人様、6月21日、弊廟までお越しになりました。
紅毛港保安堂前に建設されました、安倍晋三記念公園完成の本日、昭恵夫人様の御再訪は弊廟だけでなく、台湾全土から大勢の台湾人が来られました。
同廟への御訪問は2023年7月以来二度目です。
陳其邁高雄市長や黄偉哲台南市長、与党・民進党の許智傑立法委員らも大勢ご参拝されました。

「この銅像と共に主人の魂は常に、台湾と共にあると思います」「退任してから必ず来たいと言っていました」。
ご夫人様の言葉は大変重く、それ以上に台湾人にとりましては、心に響くものがあり、この上なく嬉しいものでありました。
そして、正式に本日開園となりました「安倍晋三記念公園完成」までご案内しました。
日本時代における弊廟創建、大東亜戦争の英霊鎮魂、海府大元帥麾下145柱の慰霊碑、台湾民主化、そして台湾日本の懸け橋となられた安倍晋三首相への永遠なる感謝…それがこの公園の目的です。

銅像前。
そして廟内に入られました昭恵夫人様、海府大元帥に深々と礼拝されましたことに、一同感謝の涙を流しました。

昭恵夫人様御再訪、安倍晋三首相記念公園完成を記念し、この度弊廟におきまして、安倍晋三元首相の小銅像を頒布することとなりました。銅像を制作されました彫刻家による内容です。
台湾の有事は日本の有事。それは逆に申せば「台湾無事日本無事」であります。
この極東アジアにおいて、台湾は長い独裁制の苦難の年月を経て、日本と共に自由と民主主義を護る國となりました。
李登輝総統から安倍晋三首相へ、そして台湾日本両國において、遺志は引き継がれます、永遠に!
大家好~♪
弊廟の正式名称は「鳳山区紅毛港保安堂」です。
鳳山区は現在、弊廟があります場所ですが、「紅毛港」とはかつて、保安堂があった活気あふれる漁村の地名です。
今世紀に入り、高雄市全体の再開発、コンビナート建設等により現在の場所に遷宮されました。その際、大小様々な事件、騒動がありました。
弊廟に関する不可解な情報(安倍元首相暗殺の時に建立されたとかのフェイク)が時折入ってきますが、1920年代の日本時代に建立されておりますのは、高雄市にてきちんと公式記録として載っております。
協議を重ね、2006年から住民は高雄市が用意した場所へ移り済み、現在跡地には、記念公園文化施設が建てられました(交通の便が悪いので、タクシー、レンタカー、レンタルバイク必須です)。
そして、紅毛港のかつての映像がYoutubeにて見つかりました(07:00にかつて紅毛港にありました弊廟が映っております)。
こちらは再開発、移住等、当時の様子と住民の苦悩の映像です。
どうかこれらも、保安堂の歴史としてご記憶いただければ幸いです。
5月4日、西村康稔議員ご一同様、再度弊廟までお越しいただきました!台湾の各テレビ局にて大々的に報道されました!この前後、我が国の賴清徳総統らとご会談、安倍さんの御遺志を継がれることを強調されました!
またいつでもお越し下さい!
5月9日、早稲田大学遠州稲門会ご一同様、弊廟までご参拝いただきました!

弊廟のスタッフ、早稲田大学留学など同大学と繋がりが深く、この度のお越しは懐かしく本当に嬉しい限りです!

都の西北~♬ 早稲田の杜に~♬
またいつでもお越しください!

皆様の御浄財により建設を進めております、安倍晋三首相紀念公園、完成間近となりました。本当に皆様、感謝に感謝の言葉、尽くしきれません。
御浄財をお納めいただきました皆様のお名前を公開します!
台湾日本両国の報道にて皆様、既にご存じかと思いますが、4月29日、高市早苗議員ご一同様が、タイトなスケジュールの中、弊廟紅毛港保安堂まで表敬訪問いただきました(順不同):
高市早苗議員(経済安全保障担当大臣 奈良2區 自由民主黨)
黄川田均議員(元外務大臣政務官 埼玉3區 自由民主黨)
尾崎正直議員(自由民主黨副幹事長 高知2區 自由民主黨)
佐藤啓議員(財務金融部会長代理 奈良縣比例 自由民主黨)
西村康稔議員(元経済再生担当大臣 兵庫縣9區 自由民主黨)
簗和生議員(元文部科学副大臣 栃木縣3區 自由民主黨)
加藤竜祥議員(元国土交通大臣政務官 長崎縣2區 自由民主黨)
姚品均科員(中華民國外交部)
日本台湾交流協會高雄事務所

台湾と日本を長年繋げていただき、同じ価値観、同じ未来を見つめていた両國の絆をしっかりと、故李登輝総統と共に支えあった安倍晋三首相が凶弾に斃れ、どれくらい多くの涙が落とされたことでしょう。
高市議員はじめ、日本より大勢の議員の皆様がお越しいただき、そして「安倍さん」の功績を讃えていただきましたことに、弊廟は感動の言葉しか出てきませんでした。
そしてここに大きなイベントが。

今回、日本台湾両國議員による、弊廟正面にて建設を進めております「安倍紀念公園」石碑の除幕式が行われました!

幕が開かれました瞬間、新しい両國の絆が誕生しました。
除幕式を終え、ご一同様は弊廟内まで。
紅毛港保安堂において、日本人と帝國海軍の英霊を神様としてお祀りしており、東アジアの平和と安定、そして台湾日本両國の友好の場としての説明をお受けになられました。

拙い弊廟の説明を受けられた後、深々と合掌していただきました高市議員皆々様のお姿に、一同、深い感動に包まれました。

当日は大変な賑わいで、セキュリティーに関して万全を尽くしました。地元議員の皆様も、新たな絆を築かんとお越しいただきました。

台湾日本の松明は、引き継がれました。「安倍さん」のご遺志は、必ず成就します!

皆様、本当にお越しいただきまして、感謝申し上げます。
「安倍さん」はご生前、首相席を去りました後で、台湾まで行きたいとのこと。
我々台湾は、台湾人は、家族以上の「何か」によって分かつことができない「運命」を持っています。
いつでもお越しください。是非、次回は、日本國総理大臣として。